あるビジネス開発ものがたり~コーポレートベンチャー
これは、私が大手通信会社に在籍していた2012~14年頃、実際に手掛けたプロジェクトです。
2022年の今や、さすがに時効だと思うので、できるだけ具体的にご紹介したいと思います。
(2022年4月1日 加筆・再編集)
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ミッション:新たな収益源を確立せよ
「変革に向けたチャレンジ」という文書が社長から通達されたのは、2012年半ばのことでした。
そこには、具体的に以下の3本の柱が明記してありました。
- 光の利用促進
- 新たな収益源の確立
- 更なる効率化の促進
当時は、
- FTTH(光回線)の需要も踊り場にさしかかっていた
- OTT(Over The Top、通信事業者やISPに頼らずインターネットを通じて提供されるサービス、SNSやLINEなど)の台頭により、早晩ユーザがVoice(通話サービス)に金を払わなくなるのが見えていた
というような状況で、経営陣も相当の危機感を持っていたということです。
そんな折、取締役のIさんが私を呼び、「お前に任せるから、コラボできそうなスタートアップをシリコンバレーから引っ張ってこい」と勅命がくだります。
こうして、「ほぼひとりプロジェクト」が幕を開けたのです。
ベンチャー情報へのアプローチモデル
米スタンフォード大学に留学経験のあるI取締役は、シリコンバレーにも人脈がありました。
具体的には、留学時の仲間で在米の日系VC(ベンチャーキャピタル)をご存じでした。
また私はと言えば、在シリコンバレーの日本人/米国人ミックスVCをコンサルタントに雇ってビジネス開発をガッツリ検討した経験がありました。
ですから、スキームさえ決まれば、どう動くかは明確でした。
ビジョンを掲げて大枠を示し、現場サイドは任せてくれる。
こういう仕事は一番やり易いものです。
私は早速、当該VCとコンタクトをとり、以下の業界を中心に有望なスタートアップをピックアップするよう、依頼します。
- 先進的eコマース:O2O(Online to Offline、消費者をオンラインから店舗などのオフラインに来店誘導)市場は巨大、キャリアの持つ課金・回収代行の強みも十分活用可能、マッチング/レコメンド等のプラットフォーム技術との融合による賢い仕掛けが鍵、クーポン関連/キュレーション等の動向も注目
- コミュニティ/ソーシャル:グローバルなSNSはユーザ数がモノを言う世界でありtwitterやFBが一人勝ちの様相だが、顔の見えるローカルのコミュニティサービスには参入機会あり
- コミュニケーション:電話/TV電話など、キャリアが中期的に取組むべき最重要分野、IPならではの便利なサービス(ユニファイドメッセージングやクリックトゥコール)をどれだけ出せるかが鍵
当該VCは、年間500~1,000社の投資案件の情報に目を通します。
1,000社のうちモノになるのは3社ぐらいという、いわゆる「センミツ」の世界ですから、大化けするような質の高いベンチャーに当たるには、量を愚直にこなす必要があるのです。
また、彼らが在シリコンバレーで、しかもスタンフォード大の卒業生というトコロも、大変重要なポイントです。
有望なベンチャーの噂は、同窓生の仲間内だけで共有される「インサイダー情報」であるため、外様がのこのこ出張ベースで取りに行っても、おいそれとはリーチできません。
そんな訳で、先ずVC側で直近1年の中で接触した800社程の中から書類選考をしてもらい、面談する会社を絞りこんでもらいました。
ちなみに、20社程度までショートリストした後、実際に面談したのは13社でした
(我々と組むことに魅力を感じないベンチャーも居るので、ここで少し絞られました)。
面談と評価
13社まで絞り込んだ段階で、プロフィールや面談の感触などを共有しました。
これまでは、我々がVCに事業上の要請を伝え、それを理解したVCが我々に代って面談していましたが、この段階ではじめて我々の視点からも評価を加え始める訳です。
特に我々が評価する軸は、業務シナジーがあるかどうか、です。
他の評価軸は、我々以上にVC側が鋭い目利きの力を持っていますので、丸投げはしませんがある程度は任せます。
次は、いよいよ、私が直接ベンチャーに会いに行くフェーズです。
13社の中から有望な6社に絞って、アポを取ります。
そのアポに合わせ、ようやく私が渡米します。
ちなみに、面談6社、その他VCが投資しているゲーム会社の見学や、現地子会社への訪問なども合わせて、4泊の強行スケジュールでした。
当然のことながら、面談の前に、あらかじめ評価軸と各軸毎のレベル感は、十分にすり合わせておきます。
具体的には、
- 市場性
- 経営陣
- 技術・差別化要因
- ビジネスプラン・収益性
- 業務シナジー
の5軸で、1~5の5段階評価します。
最終的には、デジタルデータ(得点の多寡)だけでは決めません。
要は、軸は間違いないですが、軸の重さは経営陣ともすり合わせが必要だからです。
ですから、帰国後、I取締役ともよく相談しました。
結果的には、総合評価の高い順に、すんなり「ベスト2の検討を深化するように」と合意をもらいました。
若手を交えた社内アイデアソン
こうして絞り込んだ2社とのコラボ検討を、今度はサービス企画書として纏めることにしました。
手法は「社内アイデアソン」です。
「アイデアソン」とは、アイデアとマラソンをかけ合わせた造語で、新たなアイデアを創出する活動のことです。
通常は、設定された目的やテーマについて多様な参加者がアイデアを出し合い具現化を見据えて競う、短期コンペティションプログラムを指すことが多いので、厳密な意味では違うかもしれませんが、この2社のビジネスモデルや技術をキャリアとしてどう料理するか、というお題のアイデアソンを社内でやった、という感じで捉えてください。
メンバーは、事業本部内の若手を募りました。
私にも、ようやく(バーチャルだけど)部下ができました。
メンバーは、本業終了後、アイデアソンのために会議室に集まり、1回/週、2h/回程度、議論しながらサービスの詳細を詰めていきます。
つまり、だいたい「毎週X曜日の6~8pm、XX会議室に集合」というスタイルになります。
ということで、毎週2回(プロジェクトが2つだから)、私は大量のお菓子を買い込んで会議室で待つ、ということになりました
(もちろん菓子代やジュース代は全て、管理職だった私の負担です)。
アイデアソンの期間は、原則3ヶ月。
それ以上ダラダラ検討しても、あまり質が上がらないからです。
我々キャリアが彼らベンチャーと組むメリットは何なのか。
市場はあるのか、競合は誰なのか、実現性は高いのか。
そういったもろもろの点を検討し、経営層がリソースを割くかどうか判断できるレベルで纏める「サービス企画書」を記述するのが、当面のゴールになります。
最終的には、2つのプロジェクトとも、サービス企画書として纏めるところまでこぎつけました。
また、副賞ではありませんが、「できあがったサービス企画書をシリコンバレーでベンチャーにプレゼンする」というインセンティブ出張まで企てたおかげで、若手も大いに盛り上がり、大変楽しく検討を深化させることができました。
サービス企画その1:プチプレ
C社のビジネスモデルは、以下のとおりです。
日常生活における$20以下の「小さなお礼」を、簡単に、近しい間柄の人に贈ることができる「ソーシャルギフトサービス」
- 店舗(小売店や飲食店など)は、C社と提携
- C社は、値段をつけられた物やサービスをサイトにアップ
- 贈り手は、受け手の住む地域を選び、C社の提携店舗からギフトを選び、メッセージを添えて送る(贈る)ことができる
- ギフトを贈ると、受け手は、贈り手のクレジットカードのアカウント情報を受け取りそれを店に提示し精算
我々通信キャリアは、「まとめて支払い(回収代行)」という仕組み(早いハナシが、電話や回線の加入者が「ツケ買い」できる仕組み)を持っています。
これをC社ビジネスモデルに組み合わせることで、クレジット番号をやり取りするのに抵抗がありそうな日本でも、すごく受け入れられ易そうなサービスに仕立てることができます。
プロジェクト名は、「プチプレ」としました。
ちょっとしたプレゼント、という意味です。
検討メンバーの中の女性の発言で、一発で決まりました。
余談ながら、こういうネーミングのセンスは、さすが女性だという感じがします。
やはり、サービス開発の現場は、ダイバーシティがとても大事ですね。
サービス企画その2:eT
一方のE社は、省電力かつ長距離に届くRFID系のメーカーです。
RFID(Radio Frequency Identification)とは、「ICタグ」と「RFIDリーダー(読み取り装置)」の間で電波を送受信する技術のことで、要素技術としてはピンと来ないかも知れませんが、IoT(モノのインターネット)を実現する手段として、実に魅力的です。
主な特徴は以下のとおり。
- 世界中で許認可不要な900MHz帯を利用
- 独自プロトコルの採用により、タグの劇的な省電力・小型化、コストダウンに成功
- タグは100円ライターの半分程度、ベース・ステーションは筆箱大、更なる小型化を開発中
- タグの電池寿命は、数ヶ月~数年程度
- タグは、GPSから得た座標を位置情報としてベース・ステーションに送る
- ベース・ステーションは、半径数kmにある万単位のタグを、同時にトラッキング可能
- ペットの追尾アプリを既にiOS上で開発済、他サービスへの応用を検討中
プロジェクト名は、「eT」。
Electronic Tracking(電子的トラッキング)の頭文字であり、スピルバーグ映画のタイトルでもあるこのネーミングは、メンバーにも好評でした。
ずっと見守る系のサービスは通信キャリアの「安心・安全」ブランドにも馴染みますし、E社の無線技術と我々のサービス検討のエネルギーが噛み合うという意味でも、いい協業の予感がプンプンしていました。
- 初期は、「ペット見守りサービス」に加えて「児童見守りサービス」を提案
- ゆくゆくは「無線タグを利用し広くM2Mサービスに利用できるインフラを構築・提供し、プラットフォーマーを目指す
というサービス進化の絵もかけて、メンバーもとても手応えを感じていました。
嵐の前の静けさ
ここまでは、順調でした。
進め方としても、通信会社の中では前代未聞だったのかもしれませんが、おそらく大抵の会社のサービス開発や商品企画のやり方と、遠くかけ離れている訳ではなかったと思います。
800社から、最終的に2社。
絞り込みは1/400ですが、センミツを考えれば、まあ想定の範囲内の数字です。
大変だったのは、この後だったのです。
それ、どういうこと?
次回に続きます。