あるビジネス開発ものがたり続~イノベーションを興すために

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これは、私が大手通信会社に在籍していた2012~14年頃、実際に手掛けたプロジェクトです。
2022年の今や、さすがに時効だと思うので、できるだけ具体的にご紹介したいと思います。

あるビジネス開発ものがたり~コーポレートベンチャー<part1>はこちら

(2022年4月1日 加筆・再編集)

 

難しかったのはインキュベーション

そもそも、社内の協力体制は脆弱でした。

  • 13年2月
    ビジネス開発部署N担当部長に、シーズ発掘の協働を持ちかけ
    → 結果:邪魔はしないが乗る気もない
  • 3月
    国際PTがシリコンバレーでシーズ発掘、インキュベーション開始
  • 4~6月
    事業本部内でアイデアソン、「サービス企画書」完成
  • 6月下旬
    ビジネス開発部署N担当部長に、再度本格検討の協力を依頼
    → 結果:担当をアサインすると言いながら放置

シーズの発掘にあたって、サービス開発部署には予めコミットを求めたのですが、「それは内容による、予めコミットすることはできない」と突き放されたため、それならばある程度結果を出してから再度相談しようと考えたのが、甘かったということです。

BizDev0

中でも、「プチプレ」は社内外に協力を依頼するも却下され、完全に頓挫しました。

  • 13年7月
    ビジネス開発部署W課長に、研究施策オーナ打診
    → 結果は却下
    子会社サービス開発部署に、加盟店営業他の協力依頼
    → 結果:協力できない
  • 8月
    ビジネス開発部署H課長(まとめて支払い主管)に、相談
    → 結果:メンバーズ主管に相談する
  • 9月
    ビジネス開発部署H課長に、再度相談
    → 結果:メンバーズ主管に相談したが却下された
    ビジネス開発部署マーケティング企画担当O部長に、協力依頼
    → 結果は放置
  • 10月
    I取締役に、社内の引き取り手がいない状況を説明
    → 結果:社外グループ会社にプロダクト・オーナを依頼するよう方針転換
  • 14年1月
    子会社サービス開発部署に自社サービスとしての可能性検討依頼
    → 結果:顧客にマッチせずNG

「eT」は、社内でのマスサービス化は諦めましたが、法人向けSI商材として、幸い子会社にて本格検討を開始するに至りました。

  • 13年7月
    ビジネス開発部署Y課長(光ステーション/WiFi主管)に、プロダクト・オーナ打診
    → 結果は却下
    ビジネス開発部署N課長に、研究施策オーナ打診
    → 結果は却下
  • 10月
    ビジネス開発部署N部門長に、再度協力依頼
    → 結果:当面SI案件としてやれないか法人営業部隊と相談する
    高度化推進部ネットワークサーバ開発部門I部門長に、研究施策オーナ打診
    → 結果は却下
    ビジネス開発部署N部門長×法人営業部隊F部門長会談
    → 結果:両者プロダクト・オーナ拒否
    I取締役に、社内の引き取り手がいない状況を説明
    → 結果:社外グループ会社にプロダクト・オーナを依頼するよう方針転換
    子会社その1事業企画K部門長に、プロダクト・オーナ打診
    → 結果は却下
  • 11月
    子会社その2営業本部及びH社長に、プロダクト・オーナ打診
    → 結果:OK

新しいことがらの検討に不向きな「大企業型事業経営」

そもそも大企業は、構造的に新しいことがらの検討に不向きな体質であると言えます。
今回の失敗をひもとくと、いくつかの明確な理由が見えてきます。

排他的/よそ者を入れない

  • アイディアや利益は独り占め(排他、垂直統合)したい
  • NIHマインド(”Not Invented Here” 、自分でゼロから作ったものしか信じない「自前主義」)
  • ベンダとの「甲乙関係」しか経験がなく、外部とイコールパートナーシップを保てない

新しいことへのチャレンジが割に合わない

リスクテイクしない理由は枚挙に暇がない

  • 余計な仕事を増やしたくない・本来業務で忙しい
  • 他の部署の相談に乗っても自分の手柄にならない・評価されない
  • 給料は変わらない
  • 失敗すると「そら見たことか」と批判される
  • 時として職場を追われたりもする
  • 大過なく勤めあげたい
  • 以前挑戦したが失敗したので金輪際新しいことに挑戦したくない等々

変化を受け入れない/発想がそもそも「新しいこと」に向きにくい

  • 前例のないことがらに対する極端な萎縮・時として思考停止
  • 社内レビューの過程で弱みやリスクばかり指摘され、折角尖っている発想が「丸くありきたり」に変容
  • 技術/市場に関する「土地勘」のある分野でないと成功は困難だが、既存サービスの共喰い(カニバリズム)は怖い

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大企業でイノベーションを興すために

イノベーションはオープンマインドから生まれる

コーポレートベンチャーを成功させた企業は、「絶対的な人材不足」を謙虚に認めています。

ベンチャーを起こせるのは、サラリーマンとは別種の生き物です。

ホンダやSONYが破竹の勢いでイノベーションを起こしていた時は、企業かタイプと戦略家タイプが社内に同居していました。

BizDev8

しかし「何かをしでかしそうな奇人変人」を自社に囲い込み続ける器の深さを保ち続けるのは容易ではありません。

もちろん、もともと既存事業に適した保守的な人材しか採用していないので、評価制度等を少々弄ったところで、限界があります。

そこで考えられるのは、ベンチャーなどの「外部パワー」を有効に活用する「いいとこ取り」をすることです。

VCファンドへ出資したり、コーポレートVCを設立して新技術やビジネスモデルの情報を収集するのも、いいやり方です。
現に今回も、「VCを活用したベンチャー情報へのアプローチモデル」が奏功しました。

もちろん、ベンチャー企業やVCの出身者を中途採用したりできれば、それに越したことはありません。そこまでできなくても、社外人脈の広い人物をプロジェクトチームに入れるのも有効です。
その際大事なのは、「外部とのイコールパートナーシップ業務経験」がある人を、ベンチャーとのゲートキーパーに据えることです。

また、

  • CIOがベンチャーからの提案大会を開く
    (ドコモ・イノベーションビレッジ」プログラム、KDDI∞ラボなど)
  • ビジネスプランコンテスト等のスポンサーになる
    →NTTドコモ・ベンチャーズ、KDDI(ともにTechCrunch Tokyoのスポンサー)

というような手段も有効でしょう。

あと、トニー・ファデルがアップルに持ち込んだiPodのアイディアのように、敢えて競合や同業者に共同開発を持ちかけるという荒業もありますが、これが成功するのは相当レアケースと言えるでしょう。

目標設定は現実的かつ明確に

ベンチャーは「センミツ」の世界ですから、過度な期待は現実的ではありません。

つまり、失敗しても落ち込むことはないと言えますが、粘り強く継続し量をこなさないと成功はおぼつかないと腹をくくりましょう。

【参考】大手VCの年間ディールフローは概ね以下の通り:

  • 電話や面談するだけの興味が湧くレベル  : 12,000社 (≒100%とする)
  • デューディリジェンスまでいくレベル  : 400社 ≒ 3%
  • 投資実行までいくレベル  : 90社 ≒ 0.7%
  • IPOや買収によるエグジット  : さらに1/2以下 ≒ 0.3%

新規事業の目標のうち、どれを狙うかを明確にしておくべき

一般に、新規事業に取り組む目標は、4つあると言われています。

  • 目標1:売上や利益を得て、儲けること
  • 目標2:儲からなくても、戦略的な事業領域を増やすこと
  • 目標3:プロジェクトメンバーを、チャレンジングな人材に育成すること
  • 目標4:挑戦する企業文化をつくること

たとえ新規事業自体は失敗しても、育成は現実に達成可能ですし、継続すれば、目標2や目標4は達成可能です。

 

マインドも仕掛けも、両方大事

イノベーターたちの言葉

以下に掲げるようなイノベーターたちが率いる企業には、イノベーションを誘引する文化が浸透しています。

アラン・ケイ(パーソナルコンピューティングの父)

未来を予測するな、自らそれを作り出してしまえ

ジェフ・ベゾス(アマゾン)

新しいものを生み出す為に、失敗することは必ず通らなくてはならない道だ

失敗しても後悔しないことは分かっていたが、試さなかったら後悔していただろう

自分が心変わりすることを喜んで受け入れることだけが、できるだけ長い間『正しい』状態でいるための唯一の方法である

イーロン・マスク(ペイパル、テスラ、スペースX、ソーラーシティ、ハイパーループ他)

まったく新しいことに挑戦する場合は、今正しいとされていることや常識を最小の単位から疑い『原理』や『根本的な視点』を大切にするべきだと忘れないようにしたい

何となく感じる恐れは、もちろん無視するべきだ
しかし例え冷静に判断して失敗する可能性が確実にある場合でも、それが挑戦するに値することなら、恐れをやり過ごして前に進むべきだ

ジャック・ウェルチ(ゼネラル・エレクトリック)

自らの運命をコントロールせよ、さもなければ他人にコントロールされる

われわれは、失敗にも報酬を与えている。
機能しない照明器具を作ったチーム全員に、テレビセットを贈ったこともある。
そうしないと、社員は新しい挑戦を避けるようになる

社内の既存の事業部をつぶすつもりで、アンチ事業部をつくれ

スティーブ・ジョブズ(アップル)

貪欲であれ、愚直であれ四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見るクレージーな人たちがいる。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの言葉に心をうたれる人も、反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。しかし彼らを誰も無視出来ない

 

大企業の実践例

3Mの「失敗を許す風土」と「15%ルール」

米3M社には、研究者のコミュニケーションを促進する仕組みが整っています。

  • データベース:現在進行中の全てのプロジェクトの状況、失敗を含む過去の研究成果、特許情報、技術者略歴、図書・資料等のドキュメントに、世界中の研究員が自由に閲覧可能。
  • テクニカル・フォーラム:技術開発や市場導入・拡大の成功事例、今後使えそうな技術の紹介等情報共有の場。幹部は資金面のサポートだけでテーマ選定/活動内容/運営等全て社員任せ。

また、社員の自主性を尊重しイノベーションをはぐくむ仕組みもあります。
驚くべきことに、これらは不文律で、それだけ浸透しているということでしょう。

  • 15%カルチャー:自分に与えられたテーマとは別に、自分の追求したいアイディア等を労働時間の15%を費やして研究することが認められている。失敗しても人事考課の対象外。有名な「ポストイット」のアイディアも、この15%カルチャーの成果。
  • 11番目の戒律「汝、アイディアを殺すなかれ」:管理職は、確固たる反証材料がない限り、部下のアイディアを否定してはならない。(モーゼの十戒になぞらえて「11番目の戒律」と呼ばれている)

初期の研究アイディアに対して資金を援助する仕組み

  • ディスカバリープログラム:企画提案書(15%カルチャーの成果も含む)の中から、ユニークさやコンセプトの内容を基準に、150万円/件程度の予算を付与するプログラム。年間4回選考。
  • ジェネシスプログラム:ディスカバリープログラムによって検討の結果、各事業部門の研究課題と合致しない/テーマが組織横断的等の理由で予算がつかなかった案件に対し、本社が1,000万円/年間・件の予算を付与し、コンセプトを具現化・製品化するためのプログラム。

 

サイバーエージェントのコンテスト群

サイバーエージェントには、新規ビジネスが創造される仕掛けが、非常に意図的に設計されています。

「ジギョつく」は、Excel1行で提案できる社内公募のコンテストです。
事業化されると、J3(新規事業)→J2(先行投資事業)→J1(中核事業)と昇格します。
元々は高い退職率に歯止めをかけたいという問題意識から、人事強化施策として発足した経緯があり、真の目的は「人材育成」で、業績は2の次だとのことです。

また「あした会議」は、役員対抗の事業立案コンテストです。
「ジギョつく」とは逆に、「経験豊富な上層部こそが新事業を立案する見本をみんなに見せるべき」と制度化されました。
役員直下のプロジェクトメンバーは、ドラフト会議のように入札で指名によって集められ、期間限定でビジネスプランを検討し、全役員の前で披露します。

BizDevサイバーエージェント

 

ビジョナリーとデザイナーのコラボレーション

最後に、奇跡のコラボレーションの実例を紹介します。
あなたもよくご存じの、iPod誕生秘話です。

 

ビジョンをオープンにすることで集まる才能

2001年1月のマックワールドでスティーブ・ジョブズが発表した「デジタルハブ戦略」は、次のようなものでした。

デジタル時代には、音楽プレイヤー/携帯電話/DVDレコーダー/カメラなどの機器が、互いに繋がる
その中心=デジタル・ハブに位置するハードが、Macだ
そしてアップルは、そのサービスの中核である「音楽」を便利に楽しめるソフト“iTunes”を、無料で提供する

これを、当時自らのスタートアップでの音楽プレーヤー開発が資金切れて頓挫中だったトニー・ファデルが、知ります。
ファデルは直ぐさま、mp3プレーヤーとNapstarのような音楽ファイルのやり取りのアイディアを、アップルに売り込みました。

そしてアップルは、「デジタルハブ」戦略の実現に有効だと考え、躊躇なくファデルと契約したのでした。

エキスパートチームによる徹底したマーケティング

ファデルは直ぐに、アップル社内外の心理学者、人間工学の専門家、技術者など、35名からなるエキスパートチームを結成します。
「これまでの音楽の提供方法に変革を!」という目標を共有し、ユーザーの潜在願望を徹底的に探求した結果、「1,000曲をポケットに入れて持ち運べる」というコンセプトを打ち出しました。

ところで、ジョブズCEOが与えた開発期間は、僅か10ヶ月でした。
というのも、11月のサンクスギビングシーズンにどうしても売り出したかったからです。
これは驚異的なことで、普通の感覚で言えば「2~3年はたっぷりかかる」開発を、1年未満で、しかも生産まで完了しろという、狂気の決定でした。

そこからファデルのチームは、文字どおり昼夜の区別なく猛烈に働きます。

その結果、100を超える(!)プロトタイプの後、2001年10月23日に、満を持して超小型mp3プレーヤー“iPod”が発表されます。
予定どおり、11月のサンクスギビングに間に合わせたのです。

iPodは、

  • “iTunes”との自動同期「Auto-Sync」
  • 回転円盤「クリックホイール」
  • 衝撃から最長20分まで音飛びを防ぐスキッププロテクション
  • 1,000曲を10分以下でダウンロード可能なFireWireポート内蔵
  • 白色LEDバックライトを備えた高解像度ディスプレイ
  • 最高10時間の連続再生が可能なリチウムポリマーバッテリー

など、革新的テクノロジーを搭載していました。

その機能以上に、ユーザーは「自分の音楽コレクションを全部ポケットに入れて持ち運び、どこででも聞くことができるというまったく新しい音楽体験」を熱狂的に大歓迎しました。

それと同時に、無料で先行配布された“iTunes”が、全世界の音楽管理アプリのデファクトとなった決定的な瞬間でした。

その後“iPod”は、大容量化、小型化、フラッシュメモリ化、カレンダーやアドレス帳などの新機能を追加し、“iPhone”へと進化していきます。
一方の“iTunes” も、Windows対応、著作権保護機能の搭載、様々なデジタルコンテンツのオンライン店舗“iTunes Music Store”との連携などを継続的に開発・提供することになります。

こうして見てきたように、アップルが、来るべきデジタル時代のフック(初期の牽引者)として選んだコンテンツは、「音楽」でした。
SONYが大好きで、WALKMANの革新性に心酔したジョブズの感覚は正しかったとしても、コンピューターメーカーだったアップルが自社のリソースだけで成功したかどうか、ハッキリ言って疑わしいです。
iPodの劇的な成功は、時代を見る目と、優れた音楽プレーヤーの開発者であった外様のファデルを迎え入れたオープンさにあったことは間違いありません。

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