腹落ちするDX〜個客接点から考える市場の構造変革
自称「DX漫談士」である中川郁夫さん(情報理工学博士、株式会社ソシオラボ代表、一般社団法人DeruQui 発起人&理事)のウェビナーを聴講しました。
備忘も兼ねて、ここにアップします。
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髪の毛があるうちに
桐谷広人(きりたにひろと、将棋七段)さん、がTwitterの中で、
髪の毛があるうちに好きな髪型をやるべきです。
髪の毛がなくなってからじゃ遅いですよ。
とつぶやいている。
これを知って
今ごろ言われてもね
と思ったとしたら、それは表面的な捉え方でしかない。
皆さんには、是非、本質観取*していただきたい。
【注】本質観取:哲学用語。本質を洞察し言語化していくこと。
では、この自虐的つぶやき(笑)の本質は何かというと、
- 時間があるうちに、やりたいことをやれ
- 無駄づかいする前に、やりたいことをやれ
- 体力があるうちに、やりたいことをやれ
ということ。
本質観取する上では、感性・感受性が大事だ。
「キャッシュレス化」を本質観取すると
キャッシュレス化というのは、「取引を全てデータとして見える化すること」に他ならない。
例えば私は、恥ずかしい本を買う時はキャッシュで払う。
つまり現金での取引は「単なる対価の精算」であり、いわば「匿名市場」でのやりとりだと言える。
それに対しキャッシュレスというのは、取引と信用のつながりがある「顕名市場」でのやりとり。
だから、「キャッシュレス化」と聞いて
- 媒体のデジタル化と捉えるなら、単なる「支払い手段のリプレース」
- 体験のデジタル化と捉えるなら、顧客価値を重視したビジネス活動
だということになる。
DX実践の実例
全く新しい購買体験を提供するAmazon
レジレス店舗が世界中で出現したが、国内外でその様相は非常に異なっている。
■ グローバルでは、顧客側から見て圧倒的に新しい購買体験を提供するサービスが出現。
- Amazon GO、その技術の外販である "Just Walk Out"(仮想カートのAPI提供)
- 淘カフェ(Tao Cafe:タオカフェ、by中国ECアリババ)
これらのサービスは、入店時にクレジットカードorスマホアプリで認証を行った後、財布を開く必要も決済の必要もなく、商品を手にしてそのまま店を出るだけだ。
■ これに対して日本では、レジレス店舗というと、無人レジのことを指す場合が多い。
例えば、レジロボ:パナソニックとローソンが共同で開発した無人レジ(セルフレジ)のシステム。
ここでの目指すゴールは、人件費の削減という「コンビニ側からの視点」である。
Amazonは、以下のような Vision Statement を掲げている。
Our vision is to be earth's most customer-centric company; to build a place where people can come to find and discover anything they might want to buy online.
我々のビジョンは、地球上で最も顧客中心になること:
どんなものでも探せて見つけて買えるような場所を、オンラインに創ることだ。
また、Amazonのすごいところは、未来志向であるということ。
変化を捉え、未来を描き、それに向かって仕組みを創るという逆算思考で、サービスを創出している。
Amazonの文化やアプローチは昔から同じで、自社で研究開発した技術を独占せずに、安価に使えるよう外部に公開して、マーケット自体を育てながら自社の技術を洗練させていく。
aws(Amazon Web Service)しかり、この Just Walk Out しかり。
DX時代は、こうした「パートナーと一緒に市場を創る姿勢」が大事。
つまり、企業のつながりの文脈で言うと、DX時代は、
B2B(企業課題の解決)→ B+B(パートナーと一緒に市場を創る)
とも言える。
Netflixは「あなたが観たいのはこんな映画でしょ」とレコメンドする
Netflixの勢いが止まらない。
時価総額は26兆円。
ユーザ数は2億人、トラフィックは全ネット通信の15%を占める。
共同創業者・共同CEOリード・ヘイスティングス曰く、「我々の敵は睡眠時間だ」。
Netflixは、
We are a Data Company
と宣言している(Cloud EXPO West, San Jose, 2015)。
ともかく、個客接点とデータに基づく評価・レコメンド分析の精度が、ものすごく高いのが特徴。
例えば、動画の保有タイトルは僅か3,000程度だが、レコメンド精度が80%に達する。
通常は20%程度なので、この数字は驚異的だ。
背景は、郵送でDVDをレンタルしていたアナログ時代から一貫して、個客の趣味嗜好データをずっと蓄積していたこと。
今や、個客に対応しArtworkを変える(つまり個客Aにはサムネイル①を、個客Bにはサムネイル②をそれぞれ表示する)徹底ぶり。
ちなみに、ジャンル別、ストーリー別、出演者別、監督別など、映画につけられる属性(タグ)は、数万にのぼるらしい。
つまり、映画鑑賞という体験を、「匿名のマス市場」からパーソナルな「顕名市場」に構造変化させ、「ネット時代に最高の体験を提供するエンタメ企業」として生まれ変わったということ。
大ヒットシリーズ「House of Cards(ハウス・オブ・カード 野望の階段)」の責任者、サランドラ・スーは、
Your Next Favorite Story:あなたが観たいのはこんな映画でしょ
ビッグデータを活用すれば、適任の監督・俳優を割り出せるし、潜在視聴者の数も割り出せる
と豪語する。
今や、才能と経験と勘に頼って「ヒットは結果に過ぎない」時代は終わり、データドリブンで「ヒットを創り出す」時代になっている。
Netflixが年間1.6兆円もの巨費を投じ動画コンテンツを自前制作している背景には、こうした確かな手応えとしたたかな計算があるのだ。
17億人の就業機会を創出するGMS社
日本にも、ユニークな取り組みはある。
GMS(Global Mobility Service)社)の中島徳至CEO曰く
「真面目に働く人が正しく評価される仕組み」を作りたかった。
全世界で、与信が通らず車を購入できない人口は、17億人。
この人たちは、就業するために車が必要であるもののローンを組むことができないため、就業機会を得られず、結果的に貧困から抜け出せない。
そういう人を、Financial Inclusion(金融包摂)の観点から、救いたい。
GMS社は、遠隔起動制御技術を搭載したIoTデバイス「MCCS」をクルマに後付けし、「クルマ利用の実態を把握する仕組み」を作った。
つまり、販売において売りっ放しだった(PoS(Point of Sales)で販売管理をしていればいい)状況から脱却し、PoU(Point of Use)を利用した利用把握によって、新たな価値を生み出したのだ。
これは
- MCCSで収集した車両データ(走行状況、速度等)と金融機関と連携して取得した金融データ(支払い状況等)を分析することで、ドライバーの信用力を可視化した(FinTech)
- 17億人の潜在需要を掘り起こした(自動車市場、金融市場ともに)
という意味を持つ。
ちなみにGMS社は、利率の一部をトランザクションでもらうビジネスモデルであり、そういう意味でプラットフォーマーである。
何しろ、ドライバーがお金を払わなければ、電気やガスと同様、遠隔でエンジンが起動できなくしてしまうのだ。
DX時代における特徴は、Scaleと Speed の2点。
GMS社にも、その2点はよく表れている。
MCCSという小さなIoTデバイスが、デジタルのレバレッジ(梃子)によって、「第三者価値を跳ね上げるドライバ」として機能している。
また、awsの利用やクラウドネイティブな開発ポリシーから、素早くサービスを開始できたのだ。
まとめ<DXの本質>
広義の「デジタル化」には3段階があるが、私はこう捉えている:
- 第1段階(デジタイゼーション):作り手の変革
- 第2段階(デジタライゼーション):売り方の変革
- 第3段階(DX=デジタルトランスフォーメーション):価値の変革
デジタル時代ならではの「仕組み」というのは、ビジョンを実現するために手段としてデジタルの力を借りるということ。
DXの前後では、
- 対象:匿名・大衆 → 顕名・個客
- 接点:点 → 線・面
- 商品:モノ → 体験
- 主義:原価主義(作り手の事情)→ 成果主義(個客から見た価値)
- 市場:モノと貨幣の交換市場 → 個客への価値提供やつながりの市場
というように変容する。
もちろん、アナログ時代にも顕名市場はあったが、販売の現場が基本face to faceだったので、スケールしなかった。
スケールするためには、サービサーやメーカーやその販売者は、顧客を匿名で捉え、マス化せざるを得なかった。
(つまり、マスメディアがマス広告を流し、製品はスーパーで山積みになった。)
ところがデジタルの力を借り、個客を顕名で捉えたスケールが可能になった←今ここ。
Amazonも、Google検索結果も、facebookのタイムラインも、デジタルによる顕名化のおかげでビジネスが成立している。