高速ピザ配達人はメタヴァースの夢を見るか~スノウ・クラッシュ復刊!

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SnowCrash

つい先日(2022年1月)、スノウ・クラッシュが復刊されました。

スノウ・クラッシュは、アメリカのSF作家ニール・スティーヴンスンが、1992年に発表した小説です。

日本では、1998年にアスキーから出版された後、2001年には早川書房から文庫本として出ました。
その後しばらく絶版が続き、一時は法外な値で取引されていましたが、今回待望の復刊となりました。

 

何故、今『スノウ・クラッシュ』なのか

では何故、30年も前の本が、今話題になっているのでしょうか。

1990年代は、Wギブスンのニューロマンサーが巻き起こしたサイバーパンク運動が、ひと段落した時期です。
本作は、サイバーパンクにコミカルさを加えた「ポスト・サイバーパンク小説」と呼ばれ、無国籍な雰囲気で、日本のカルチャーも数多く登場します。

それよりも、スノウ・クラッシュが2022年の今復刊された背景は、仮想的な3次元空間を意味する「メタヴァース(Meta+Universe)」という言葉を最初に使ったのが本書である、ということでしょう。
ちなみに、アバターという概念も、本書の中で生き生きと語られています。

彼はいま、このユニットにはいない。
彼がいるのはコンピュータの作り出した宇宙であり、ゴーグルに描かれた画像とイヤフォンに送り込まれた音声によって出現する世界。
専門用語では“メタヴァース”と呼ばれる、想像上の場所だ。

本書は、刊行当初から非常に高い評価を受けていました。
一部に熱狂的な支持を集めていた、と言った方が正確かも知れません。

米タイム誌が2005年に発表した「1923年以降に英語で出版された小説ベスト100」にも、堂々選出されています。

本作が影響を与えたと思われる以降のVR系小説は数多く、中でも以下の2作は決定的です。

  • 2009年:ソードアート・オンライン(ライトノベル)、その後アニメ化など
  • 2011年:Ready Player One(邦題:ゲームウォーズ)、2017年にSスピルバーグにより映画化

1992年といえば、インターネットの商用サービスが始まったばかりで、初期のブラウザNCSA MOSAICも登場していません
(日本ではケータイもロクに普及しておらず、ポケベルの全盛期ですよ)。
そんな時期に、1人のSF作家が描いた「インターネットの発展はこんな未来に繋がる」という鮮やかなビジョンが、シリコンバレーの起業家たちの心を射抜いた、というトコロでしょう。
米西海岸テック企業の錚々たる創業者が、本作のファンであることや影響を公言しています。

  • Googleのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン
  • Oculusのパルマー・ラッキー
  • セカンドライフのフィリップ・ローズデール
  • PayPalのピーター・ティール
  • LinkedInのリード・ホフマン

など。

ちなみに、著者ニール・スティーヴンスンはジェフ・ベゾス(アマゾン)の盟友で、1999年、ブルーオリジン(ベゾスが設立した宇宙開発企業)のアドバイザーに就任しました。

また、2022年のSXSWでは、ニール・スティーヴンスンがキーノートスピーチをするようです。

 

舞台設定とあらすじ

では、少しだけ本書の舞台設定とあらすじを紹介しておきましょう。

近未来、アメリカ連邦政府は既に機能しておらず、国土はバーブクレイヴと呼ばれる郊外都市国家で分割され、フランチャイズ経営されています。

幹線道路は道路会社が所有し、巨大船や巨大気球の安価な輸送により、天然資源保有の強みはもはやありません。
世界の技術の均衡によって、アメリカからテクノロジーの優位が失われ、もはや誇れるのは「音楽、映画、マイクロコード(ソフトウェア)作り、高速ピザ配達」の4つだけ。
そのためピザ配達人は特権階級で、ピザ配達人養成の専門大学まで存在します。

電脳空間「メタヴァース」は現実に近い状態まで進化していて、メインストリートの全長は地球の円周のよりも長い、巨大な空間を形成しています。
人々はこの空間に、ゴーグルとイヤフォンを装着してアクセスすることができ、ニューヨークシティの倍くらいの人々がアバターを通じて行動しています。

「スノウ・クラッシュ」とは、電脳空間に現れた新種のコンピュータウィルスで、使用すると(電脳空間内だけでなく)現実世界での肉体にもダメージを与える、危険なドラッグでもあります
(スノウとは、モニターに映し出されたホワイトノイズ=砂あらしのこと)。

主人公のヒロ・プロタゴニストは、コーザノストラ・ピザの優秀な配達人(デリヴァレイター)で、これまで配達に21分以上かかったことがありません。
なにしろ30分を超えると、客に撃たれてクルマを奪われるからです
(ちなみに「コーザノストラ」とはイタリア語で「我らがもの」という意味で、マフィアの隠語)。
客の住所は、ピザを収納するスマートボックスの内蔵RAMに記憶され、車体に積んだ瞬間に理想的な配達ルートがクルマのフロントガラスに地図で映し出されます。

一方、ヒロには、最後のフリーランス・ハッカーにして、メタヴァースにおける世界最高の剣士という裏の顔がありました。
ヒロは、糊口をしのぐためCIC(セントラル・インテリジェンス社)のフリー通信員として働いています。
そこではあらゆる情報が<ライブラリ>にアップロードされているのです
(デジタル情報が集約されるにつれて、米国会図書館とCIA(中央情報局)の実質的な違いはなくなっています)。

ある日ヒロは、電脳空間で不気味な男に声を掛けられたことから、RadiKS(特急便屋)の15歳の少女、Y.T.(Yours Truly、日本語の「敬具」または「かしこ」)と共に、スノウ・クラッシュを巡る事件に巻き込まれていきます。

 

登場する技術やハードウェア

ここで、少々野暮は承知で、スノウ・クラッシュに登場する技術やハードがどの程度実現しているか、検証してみましょう。

 

実現済み

  • 高性能コンピュータ(ノート型のゲーミングPC)
  • ノイズキャンセリングヘッドホン
  • 毎秒72回の速度で画像を変える(72fps)と、動いているように見せることができる
  • 動く三次元画像を2Kピクセルの解像度で描けば、人間の目で知覚できる鮮明さになる
  • 超巨大データをメタヴァース内で受け取ると、一瞬コンピュータが処理落ちする
  • アバターは、使っているマシンの能力が許すかぎりどんな姿かたちにもすることができる
  • <ストリート>にいるアバターは、お互いの身体をすり抜けながら歩いている
    (何百万という人間のすべてをお互いにぶつからないようにするのは難題)

 

一部実現済

  • メインストリートから枝分かれした私道を設定、そこに建物や公園や標識などを作る
  • <ストリート>にネオンサインを掲げたりビルを建てたりして、付加価値を上げる
  • <ストリート>に何かを作るには、GMPGの認可を受ける必要がある

 

未実現

CPUの速さや、通信回線のスピードに依存する以下のことがらは、もう少し実現まで待たなければならないようです。

同時接続人数

  • 現実には存在しない通りを、何百万という人間が行き来している
  • いつでも好きなときに<ストリート>を訪れることのできる人間は、約8,000万。
    そのほか、自分では買えないが公衆マシンを使ったり学校や勤め先のマシンを使える人たちが、約6,000万人

 

メタヴァースの広さ

  • <ストリート>全体は半径10,000km余りの黒い球体の赤道部分をめぐる、巨大な遊歩道の体裁をとっている。
    球体の円周、つまり遊歩道の全長は65,536kmあって、地球の円周よりはるかに大きい
  • <ストリート>は幅が100mあって、その中心をモノレールが走っている。
    このモノレールは一種のPDS(無料公開ソフト)で、ユーザーが<ストリート>の中で素早くスムーズに位置を変えるためのものだ

 

解像度

  • ジャニータは、用心深い目つきでヒロを見ている。
    何年も前、ヒロが彼女のオフィスに入っていったときと、同じ目だ。
  • アバターは、死ぬことを考えて作られてはいない。
    身体を切り離されることもだ。

 

疾走感と高揚感に溢れる魅力的な小説

登場するキャラクターは、ヒロやY.T.以外も、実に魅力的です。

  • サイドカーに核弾頭を装備したハーレーに乗り、ガラスの短剣を操る巨漢の殺し屋、レイヴン。
  • ヒロの同居人でロッカーの、ヴァイタリ・チェルノブイリ。
  • 〈ブラック・サン〉のオーナーでハッカーの、Da5id(デイヴィッド)・マイヤー。
  • ヒロの元彼女でやはりハッカーの、ジャニータ・マーケス。など。

こういう癖のあるキャラが総動員で、突拍子もない騒動やラヴロマンス、アクションなどを繰り広げますが、その描写がまた、実に映像的です。

  • スケートボードに乗って自動車にプーンする特急便屋。
  • フランチャイズ都市国家の争い。
  • 愛犬の心を持って生まれ変わった「ネズミモドキ」。
  • メタヴァースでのチャンバラ。
  • アジアからの難民輸送船エンタープライズ《ラフト》での闘い。などなど。

バイナリ・コードであるコンピュータ・ウイルスが生身の人間にも感染するという、荒唐無稽な論理を、シュメール文明、聖書、チョムスキーの深層構造などの舞台背景が、非常にそれっぽく(笑)支えています。

疾走感のある文章も相まって、まるで大友克洋の漫画を読んでいるような高揚感があり、メタヴァースの描写云々を抜きにしても、一気に読ませる小説です。
是非一度、読んでみては如何でしょうか。

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